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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)127号 判決 1995年6月29日

東京都中央区日本橋小網町19番5号

原告

丸紅建設機械販売株式会社

同代表者代表取締役

尾地和男

東京都千代田区神田駿河台4丁目2番地8

原告

高砂熱学工業株式会社

同代表者代表取締役

石井勝

原告ら訴訟代理人

弁護士

石川幸吉

弁理士 佐々木功

同復代理人

弁理士 小川秀宣

愛知県名古屋市南区三吉町4丁目73番地

被告

日本施設保全株式会社

同代表者代表取締役

伊藤晏弘

同訴訟代理人弁理士

伊藤研一

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

「特許庁が、昭和61年審判第23838号事件について、平成4年4月14日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

2  被告

主文と同旨の判決。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は名称を「既設長尺管の内面塗装方法」とする発明(以下「本件発明」という。)に関する登録第1183320号特許(以下「本件特許」という。)の権利者であるところ、昭和61年12月8日、原告らは特許庁に対し、被告を被請求人として、本件特許につき、無効審判を請求した。

特許庁は、同請求を昭和61年審判第23838号事件(以下「本事件」という。)として審理し、昭和63年3月3日、「本件特許を無効とする。」との審決(以下「第1回審決」という。)をなした。

被告は、東京高等裁判所に、第1回審決の取消を求める訴訟(以下「第1回取消訴訟」という。)を提起するとともに、本件特許の願書添付の明細書を訂正することについて審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成1年審判第5273号事件とし審理し、平成3年3月14日、本件特許の願書添付の明細書を審判請求書に添付された訂正明細書のとおりに訂正すること(以下「本件訂正」という。)を認める旨の審決をなした。

東京高等裁判所は、第1回取消訴訟において、第1回審決は本件訂正前の明細書における特許請求の範囲の記載に基づいて発明の要旨を認定したものであるから結果的に要旨認定を誤ったとして、同審決を取り消した(以下「本件取消判決」という。)。

本件取消判決は確定し、本事件は特許庁に差し戻され、特許庁は、平成4年4月14日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同年6月3日、原告らに送達された。

2  特許請求の範囲第1項の記載

移動不可能に埋設あるいは固定された既設長尺管の内面を塗装する方法であって、既設長尺管の内部にガスを供給して既設長尺管内を旋回しつつ進行するガス流を生ぜしめ、既設長尺管内に供給された液状塗料を、この旋回ガス流における放射方向の応力、軸線回りの応力及び軸線方向の応力により既設長尺管内面へ吹付け、既設長尺管内面をほぼ均一な塗膜厚さにて塗装することを特徴とする既設長尺管の内面塗装方法(別紙図面1参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  請求人の主張

<1> 本件特許は明細書の記載が不備であるので、特許法36条3項に違反するものである。

<2> 本件特許は明細書の記載が不備であるので、特許法36条4項に違反するものである。

<3> 本件発明は、本件特許出願前に米国内において頒布された米国特許第3139704号明細書(以下「引用例1」という。)あるいは日本国内において頒布された特開昭52-4544号公報(以下「引用例2」という。)に記載された発明と同一、あるいは引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって、本件発明は、特許法29条1項3号あるいは2項の規定に該当するものである。

<4> 訂正審判による訂正は、発明の要旨を変更するものであるから、許されるべきものではない。

したがって、本件特許は、特許法123条1項の規定により無効とすべきものである。

(3)  請求人の主張に対する判断

<1> 請求人は、明細書中で記載されている「乗って」という語はその技術内容が不明瞭であるとともに、塗料と旋回ガス流との関係状態が記載されず不明瞭であると主張している。

しかし、明細書の記載から明らかなように、例えば、塗料は管内にタレ流し状態で供給されており、供給された塗料が旋回ガス流によって直ちに管壁に吹き付けられることは、塗料とガス流の比重の差からみて、当然のことである。このように、管内に供給された液状塗料は、旋回ガス流によって外力を受けつつ、管壁に吹き付けられるのであるから少なくとも管壁までは旋回ガス流に乗って吹き付けられるのであり、「乗って」という表現があるから、本件発明の明細書の記載が不備であるということはできない。

<2> 請求人は、旋回ガス流にて管内面に吹き付けることができる塗料の供給手段及び状態を特定しないかぎり、本件発明は実施不能であり、発明の構成要件を欠くことのできない事項の記載がなく違法なものであると主張している。

しかし、原明細書3頁17行ないし4頁3行(公報3頁11行ないし7行)「第1図においては、塗料は加圧されることなくいわゆるタレ流しの状態で支管1から管1内へ供給されているが、他の方法として、塗料に圧力を加えて管内に設けられたノズルから塗料を噴霧状で供給し、これを支管2からの旋回ガス流に乗せて管1の内面に吹き付けて塗膜を形成させる」及び第1図からも明らかなように、例えば、塗料は管内にタレ流し状態で供給され、供給された塗料は旋回ガス流によって、管内に吹き付けられている。そして、<1>で述べたように液状塗料を管内に供給した場合、旋回ガス流によって塗料が直ちに管壁に吹き付けられ、次に、管壁に吹き付けられ溜まった塗料には旋回ガス流による圧力が加えられ押し延ばされて管内面を塗装する。このように本件発明は、液状の塗料を旋回ガス流によって押し延ばして塗装するものであって、旋回ガス流によって押し延ばされるように液状塗料が供給されれば良いのであるから、供給手段あるいは状態を特定する必要はなく、供給手段あるいは状態が記載されていないという理由のみで本件発明の構成が不明瞭であるものとすることはできなか。

<3> 引用例1には、旋回ガス流によって研削物質を管内へ導入し、管路を清掃した後に必要があれば保護用コーティング膜で被覆すること及びこの後、例えばペイントやプラスチックの様なコーティング流体が洗浄液の導入方法と同じ方法で管路内に導入され、その管路の内部を被覆することがそれぞれ記載されている(別紙図面2参照)。しかし、被覆工程を旋回ガス流によって行なうことについての記載はなく、コーティング流体は、洗浄液と同じ方法で導入されていることからみて、コーティング流体も洗浄液と同様に絞りボールによって高速流にして管内を塗装するとを意味するものと認められる。

次に、引用例2には、粉体塗料の溶融温度以上に予熱した金属製管継手の内部に、粉体塗料を旋回させながら吹き込むことが記載されている(別紙図面3参照)。

そこで、本件発明と引用例1及び2に記載された発明とを対比すると、各引用例には液状塗料を旋回ガス流によって管の内面を塗装する点についての記載はない。

請求人は、例洗浄も含めて旋回ガス流によって塗装してみることは困難ではないと主張するが、清掃は管壁の物質を除去するのに対して、塗装は管壁に物質を付着するものであり、また、引用例2の塗装は粉体で処理するのに対して、本件発明の塗装は液状で処理するものであるから、引用例1の清掃の技術を引用例2の塗装の技術に用いることは当業者にとって容易であるものとも認められない。

一方、本件発明は、前記の構成により管内を均一に塗装するという優れた効果を得ることができたものと認められる。

したがって、本件発明が各引用例に記載された発明であるものとは認められないし、また、それらの発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

<4> 請求人は、訂正された本件発明は原発明を要旨変更したものであると主張しているが、無効審判は特許権が無効であるかどうかを判断するものであって、訂正が無効であるかどうかを判断するものではないので、請求人の主張は理由がない。

(4)  以上のとおり、請求人の主張する理由及び証拠によっては本件特許を無効にすることはできない。

4  審決の理由の要点のうち、(2)(請求人の主張)は認め、その余は争う。

5  取消事由

(1)  本件発明の要旨認定の誤り(取消事由1)

審決は、本件発明の要旨を、本件明細書の特許請求の範囲第1項記載のとおり、「移動不可能に埋設あるいは固定された既設長尺管の内面を塗装する方法であって、既設長尺管の内部にガスを供給して既設長尺管を旋回しつつ進行するガス流を生ぜしめ、既設長尺管内に供給された液状塗料を、この旋回ガス流における放射方向の応力、軸線回りの応力及び軸線方向の応力により既設長尺管内面へ吹付け、既設長尺管内面をほぼ均一な塗膜厚さにて塗装することを特徴とする既設長尺管の内面塗装方法」と認定したが、誤りである。すなわち、

<1> 本件発明は塗装方法に関する発明であるから、塗装方法を特定するに足りる構成が必須要件となる。しかして、塗装方法を特定する最小限の構成要素は、「塗料の供給形態」と「塗料の塗装面への搬送形態」であるところ、塗装方法について多くの先行技術があるので、審決の前記のとおりの要旨認定では、塗装方法は特定されない。

しかるところ、本件発明の内容は、訂正前の原明細書の発明の詳細な説明の項の「ノズルから塗料を噴霧状で供給し、これを支管2からの旋回ガス流に乗せて管1の内面に吹き付けて塗膜を形成させる」(甲第3号証2頁左欄4行ないし7行)旨の記載から明らかなように「塗料を噴霧状にして旋回ガス流に乗せ、旋回ガス流の遠心力によって管内面に吹き付ける塗装方法」である。そして、タレ流しの状態での供給も側方から強力な風圧を受ければ、噴霧化するものであるから、「液状塗料は加圧されることなく、いわゆるタレ流しの状態で」(甲第2号証5頁右欄22行、23行)との記載は、塗料を噴霧状にして旋回ガス流に乗せ、旋回ガス流の遠心力によって管内面に吹き付ける塗装方法において、タレ流しの状態で塗料を供給することを述べたにすぎない。すなわち本件明細書の発明の詳細な説明の項の記載(甲第2号証5頁右欄21行ないし28行及び同第3号証3欄1行ないし7行)は技術常識的に液状塗料の搬送が噴霧状であることを前提としたものであり、本件発明の液状塗料の供給手段としては「既設長尺管始端部に設定された旋回ガス流を噴射する套管又はガス流噴射支管に設定された塗料供給支管からタレ流して噴霧状とし」であること、既設長尺管の内面に吹き付けられる液状塗料の形態として「液状塗料に圧力を加えて管内に設けられたノズルから噴霧状で管内に供給された液状塗料を、旋回ガス流に乗せて」に限定されるべきである。

したがって、本件発明の要旨としては、本件明細書の特許請求の範囲第1項記載の「既設長尺管内に供給された液状塗料を、」との備成を「既設長尺管始端部に設定された旋回ガス流を噴射する套管又はガス流噴射支管に設定された塗料供給支管からタレ流して噴霧状とし、あるいは液状塗料に圧力を加えて管内に設けられたノズルから噴霧状で管内に供給された液状塗料を、旋回ガス流に乗せて」と特定して認定すべきである。

<2> 審決が本件発明の要旨として認定した「既設長尺管内に供給された液状塗料を、この旋回ガス流における放射方向の応力、軸線回りの応力及び軸線方向の応力により既設長尺管内面へ吹付け」との構成は、自然法則に反し実施不可能な事実を内容とするもので、特許法2条1項及び29条1項に反する無効なものである。

すなわち、応力とは、一般的には「外力を受けてつりあい状態にある物体中の内力」あるいは「作用力に対しての反力」を意味するものであり、「旋回ガス流における応力」が液状塗料を吹き付ける作用力とは成り得ないことは明らかである。

したがって、審決は、本件発明の要旨の認定において、本来自然法則に反して不可能な「内力による塗料の管内への吹付け」を可能として認定し、内力たる応力の基本的性格を誤認し、さらに、応力の作用効果についても誤認したものである。

被告は旋回ガス流における応力の作用で液状塗料を徐々に押し延ばして管内面を塗装すると主張するが、甲第3号証には、液状塗料を徐々に押し延ばして管内面を塗装するという記載はなく、また、同第7号証によれば、応力は内部に働く内力であって作用力に対立する反力であり、他の物体に対して働きかける余地はないから「旋回ガス流におげる応力」によって「押し延ばし塗装」を行なうことは不可能である。

乙第3号証35頁の記載は、「粘性流体」すなわち本件発明における「液状塗料」に発生する「せん断応力」に関するもので、「旋回ガス流における応力」に関するものではない。

乙第3号証35頁に記載された「粘性流体」に「旋回ガス流」が相当するとすれば、「せん断応力」は旋回ガス流の流れを抑止するだけで、管内に供給される液状塗料に「せん断応力」が作用力として働く余地はない。

(2)  特許法36条4項違反の主張に対する判断の誤り(取消事由2)

本件発明は塗装方法に関する発明であるから、特許法36条4項(昭和60年法律第41号により改正されたもの)に基づき、特許請求の範囲には、少なくとも、塗装方法を特定するに足りる構成が記載されるべきであるところ、本件明細書の特許請求の範囲第1項の記載では、液状塗料の供給手段と既設長尺管の内面に吹き付けられる液状塗料の状態が特定されていない。

しかるに、審決は、「本件発明は、液状の塗料を旋回ガス流によって押し延ばして塗装するものであり、旋回ガス流によって押し延ばされるように塗料が供給されれば良いのであるから、供給手段あるいは状態を特定する必要はな」いとしている。

しかしながら、審決の上記判断自体が認めるように、液状塗料は「旋回ガス流によって押し延ばされるように」供給されなければならないのであるから、塗料がどのような供給手段によってどのような状態で供給されれば「旋回ガス流によって押し延ばされる」のか不明のままでは塗装方法としては特定されないことは明らかである。

しかも、審決が上記判断によって認める「液状塗料を旋回ガス流によって押し延ばして塗装するものである」との本件発明の基本的構成は、発明の構成に欠くことのできない事項を記載しなければならない特許請求の範囲には記載されていないのである。

以上のとおり、審決の「本件発明は、液状の塗料を旋回ガス流によって押し延ばして塗装するものであって、旋回ガス流によって押し延ばされるように液状塗料が供給されれば良いのであるから、供給手段あるいは状態を特定する必要になく、供給手段あるいは状態が記載されていないという理由のみで本件発明の構成が不明瞭であるものとすることはできない。」との判断は、特許法36条4項(昭和60年法律第41号により改正されたもの)の解釈を誤り、違法なものである。

(3)  特許法36条3項違反の主張に対する判断の誤り(取消事由3)

審決は前記「押し延ばし塗装」を認定する前提として「塗料は管内にタレ流し状態で供給されており、供給された塗料が旋回ガス流によって直ちに管壁に吹き付けられることは、塗料とガス流の比重の差からみて、当然のことである。…塗料は、旋回ガス流によって外力を受けつつ、管壁に吹き付けられるのであるから少なくとも管壁までは旋回ガス流に乗って吹き付けられる」(甲第1号証4頁1行ないし8行)と認定している。

しかしながら、本件発明の内容は、訂正前の原明細書の「ノズルから塗料を噴霧状で供給し、これを支管2からの旋回ガス流に乗せて管1の内面に吹き付けて塗膜を形成させる」旨の記載から明らかなように「塗料を噴霧状にして旋回ガス流に乗せ、旋回ガス流の遠心力によって管内面に吹き付ける塗装方法」であるから、「管壁に吹き付けられ溜まった塗料には旋回ガス流による圧力が加えられ押し延ばされて塗装する」との認定は誤りである。なお、タレ流しの状態での供給も側方から強力な風圧を受ければ、噴霧化するものであるから、「液状塗料は加圧されることなく、いわゆるタレ流しの状態で」との明細書の記載は、塗料を噴霧状にして旋回ガス流に乗せ、旋回ガス流の遠心力によって管内面に吹き付ける塗装方法において、タレ流しの状態で塗料を供給することを述べたにすぎない。さらに、「塗料が旋回ガス流に乗った」状態とは噴霧状の塗料が旋回ガス流によって搬送される状態を指称することが社会通念であるから、塗料が旋回ガス流によって外力を受けて押し延ばされる状態を、少なくとも、「塗料が旋回ガス流に乗った」状態とはいい得ない。

審決は、上記判断において、「旋回ガス流に乗る塗料」の形態を特定せず、塗料とガス流の比重の差から、塗料が直ちに管壁に吹き付けられることが当然としているのであるが、塗料が液体状で供給されるのであれば、「旋回ガス流に乗る」といった状態となることはあり得ず、噴霧状で供給されるのであれば、審決が認定するように「圧力が加えられ押し延ばされて塗装する」といった状態となることはあり得ない。したがって、本件発明がそのどちらによるものか明確にされない以上、明細書の記載不備は明らかであるので、「乗って」という表現があるから、明細書の記載が不備とはいえないとした審決の上記判断は、特許法36条3項(昭和60年法律第41号により改正されたもの)の解釈を誤り、違法なものである。

(4)  進歩性の判断の誤り(取消事由4)

<1> 審決は、甲第4号証の1(引用例1)には、研削物質を管内に導入し、管路を清掃した後に必要があれば保護用コーティング膜で被覆すること及びこの後、例えばペイントやプラスチックの様なコーティング流体が洗浄液の導入方法と同じ方法で管路内に導入され、その管路の内部を被覆することが記載され、甲第5号証(引用例2)には粉体塗料の融点以上に予熱した金属製管継手の内部に粉体塗料を旋回させながら吹き込むことは記載されているが、液状塗料を旋回ガス流によって管の内面を塗装することについての記載はないと認定し(甲第1号証6頁1行ないし7頁1行)、さらに、清掃と塗装とは技術分野的に異質であり、引用例1記載の清掃(塗装を清掃と誤記されている。)は粉体処理、本件発明は液体処理であるから、引用例1の清掃の技術を引用例2の塗装の技術に用いることは容易であるとは認められないと判断している(甲第1号証7頁4行ないし10行)。

しかしながら、引用例1記載の技術は本件発明と同一の長尺管の管内清掃であり、技術分野的に異質とする余地はないから、審決の上記判断は誤りである。

<2> 審決は、本件発明は「液状の塗料を旋回ガス流によって押し延ばして塗装するものであって、旋回ガス流によって押し延ばされるように」(甲第1号証5頁13行ないし15行)供給された塗料は「旋回ガス流によって直ちに管壁に吹き付けられ、つぎに、管壁に吹き付けられ溜まった塗料には旋回ガス流による圧力が加えられ押し延ばされて塗装する」(同号証5頁9行ないし12行)との認定を前提として、本件発明は、均一に塗装するという効果があると認定している。

しかしながら、管壁に吹き付けられ溜まった塗料に、如何に強力な圧力が加えられても、何十メートルもある既設長尺管内面に押し延ばすことが不可能なことは明白である。まして、押し延ばしながら、ほぼ均一な塗膜厚さで塗装するなどということはあり得ない。

したがって、本件発明の構成には均一塗装効果と結びつくものはなく、審決のかかる認定は誤りである。

(5)  要旨変更の主張に対する判断の誤り(取消事由5)原告らの要旨変更の主張は、本件発明の技術内容を認定するにあたっては、原明細書が基本となるべきであり、後の訂正審判によって訂正された部分について、原明細書との関係において要旨変更が明らかな部分は先行技術との関係における新規性の根拠とすることは許されないとの趣旨であり、審決の原告らの要旨変更の主張についての判断(甲第1号証8頁1行ないし5行)は原告らの主張を誤解したもので、誤りである。

なお、特許法128条の規定は特許法54条違反の補正による新規性欠如の瑕疵を治癒するものではない。

(6)  手続違背の主張(取消事由6)

審判手続において、原告らに答弁書に相当する被告の弁駁書副本と審決書とが同時に送達された。特許法134条2項に規定される答弁書副本の送達は、形式的な送達だけでなく、副本の送達を受けた請求人が自発的に弁駁書を提出することができる程度の余裕をもった送達でなければ、適法なものではない。したがって、弁駁書提出の余地のない審決書と答弁書副本との同時送達は、特許法134条2項に違反した違法なものであるから、かかる違法な審理手続に基づく審決は違法である。

第3  請求の原因の認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3は認める、同5は争う。審決の認定判断は正当であって取り消すべき違法はない。

2  被告の反論

(1)  取消事由1について

<1> 甲第2号証の5頁右欄21行ないし28行及び同第3号証2頁3欄1行ないし7行には、既設長尺管に対する液状塗料の供給態様に関して「タレ流し」及び「噴霧状」もしくは「液状塗料に圧力を加えて」と記載されているのみで、上記甲各号証のどこにも液状塗料が吹き付けられる状態(搬送状態)が噴霧状でなければならないとする記載はない。

したがって、本件発明においては既設長尺管の内面に付着されるまでの液状塗料の搬送状態に付き、原告ら主張のように「噴霧状」に特定する必要はない。

また、本件発明は「既設長尺管内を旋回しつつ進行するガス流を生ぜしめ、既設長尺管に供給された液状塗料を、この旋回ガス流における放射方向の応力、軸線回りの応力及び軸線方向の応力により既設長尺管内面へ吹付け」を要旨とし、旋回ガス流が流通する既設長尺管の始端部内に「タレ流し」状あるいは「噴霧状」で液状塗料を供給すると、液状塗料は先ず旋回ガス流の作用により既設長尺管の始端側内面に強制的に付着させられて溜まった後、溜まった液状塗料は既設長尺管に対して継続的に供給される旋回ガス流の作用により既設長尺管の始端側から終端側に向かって徐々に押し延ばして内面全体に塗装される(甲第2号証5頁左欄35行ないし41行)ため、本件発明においては、既設長尺管の内面全体にわたって噴霧状の液状塗料を吹き付けて塗装することはない。

<2> 本件発明の要旨である旋回ガス流は、各方向の速度成分に基づく「力」を有していることは自然法則上明らかである(乙第1号証)。そして、本件発明は、旋回ガス流が有する各方向の「力」を表す用語として「応力」を使用したものである。

乙第3号証35頁及び79頁の各記載によれば、「応力」を「力」と解する場合もあるから、本件発明の特許請求の範囲に記載された「応力」を「内力」と解する必要はなく、単に「力」と解しても差し支えない。なお、35頁に記載された「粘性流体」には、空気も含まれるから、旋回ガス流も含まれ、旋回ガス流が液状塗料にせん断応力等の流体力を作用させることが理解できるから、本件発明における「旋回ガス流における応力」を「旋回ガス流における力」と理解しても自然法則に反しない。

(2)  取消事由2について

本件発明が「押し延ばし塗装」であることは、本件発明の要旨である「旋回ガス流」から生ずる自明の作用である。そして、「押し延ばし塗装」を達成するための構成である「旋回ガス流」が特許請求の範囲第1項に記載されている。

本件発明において、「押し延ばし」作用が現れるのは既設長尺管の内面に液状塗料が付着された後であり、「押し延ばし」はその前段階である液状塗料の供給手段及びその状態によって左右されることはないから、特許請求の範囲第1項の記載において、液状塗料の供給手段及びその状態を特定する必要はない。

(3)  取消事由3について

原告らの主張は、本件発明が「噴霧塗装」であるとの前提に基づいているが、前記(1)のとおり、本件発明は「噴霧塗装」でないことは明らかである。

本件発明においては既設長尺管の始端部内面に吹き付けられて溜まった液状塗料に旋回ガス流が作用すると、液状塗料は旋回ガス流による剪断力によりその流れ方向へ順次押し延ばされる。この現象は、例えば、板等の上に付着した水に風を作用させると、風の流れ方向へ水が流動する現象と同じである。

(4)  取消事由4について

<1> 本件発明は、その内面塗装に先立って既設長尺管を研磨処理することを前提としていないことが明らかである(甲第2号証5頁右欄40行ないし6頁左欄2行)。甲第4号証の1に記載された清掃技術と本件発明の塗装技術とは技術分野を異にする。

甲第5号証記載の発明は、粉体塗料の溶融温度より50℃位高い温度(130~160℃)に予熱された金属製管継手内に固形の粉体塗料を旋回又は拡散させながら吹き込み、内面に付着した際に予熱温度で粉体塗料を溶融させて塗装する方法であるのに対し、本件発明は予熱することが不可能な既設長尺管を塗装対象として、旋回ガス流の作用により既設長尺管の内面に付着した液状塗料を押し延ばしながら塗装する方法であるから、両者は塗装原理が全く相違している。

<2> また、本件発明は旋回ガス流により、均一塗装効果を達成しているものである。

(5)  取消事由5について

本件発明についてはその訂正審決が確定しているため、特許法128条の規定により甲第3号証を引用することは許されない。

第4  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する(書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(特許請求の範囲第1項の記載)及び3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

2  本件発明の概要

甲第3号証(特公昭58-14826号公報)及び同第2号証(特許第1183220号に関する特許審判請求公告703)(以下、甲第3号証の図面及び同第2号証の訂正明細書を総称して「本件明細書」という。)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項に、「この発明は、水道管あるいはパイプライン等のように移動不可能に埋設あるいは固定された既設長尺管の内面塗装方法に関する。」(甲第2号証4頁左欄20行ないし22行)、「本発明は、…、その目的とするところは、簡易な方法により既設長尺管の内周面を始端部から終端部にわたってほぼ均一な厚さの塗膜を形成して塗装することができると共に、液状塗料及び使用するガスの消費効率を向上することが可能な既設長尺管の内面塗装方法を提供することにある。」(同頁右欄37行ないし5頁左欄4行)、「このため、本発明は、移動不可能に埋設あるいは固定された既設長尺管の内面を塗装する方法であって、既設長尺管の内部にガスを供給して既設長尺管内を旋回しつつ進行するガス流を生ぜしめ、既設長尺管内に供給された液状塗料を、この旋回ガス流における放射方向の応力、軸線回りの応力及び軸線方向の応力により既設長尺管内面へ吹付け、既設長尺管内面をほぼ均一な塗膜厚さにて塗装することを特徴とするものである。」(同頁左欄5行ないし13行)との記載があることが認められる。

3  取消事由の検討

(1)  取消事由1(本件発明の要旨認定の誤り)について

<1>  原告らは、本件発明は塗装方法に関する発明であり、塗装方法を特定するに足りる構成が必須要件であるところ、本件明細書の発明の詳細な説明の項の記載(甲第2号証5頁右欄21行ないし28行及び同第3号証3欄1行ないし7行)は、技術常識的に液状塗料の搬送が噴霧状であることを前提としたものであり、本件発明の液状塗料の供給手段としては「既設長尺管始端部に設定された旋回ガス流を噴射する套管又はガス流噴射支管に設定された塗料供給支管からタレ流して噴霧状とし」であること、既設長尺管の内面に吹き付けられる液状塗料の形態として「液状塗料に圧力を加えて管内に設けられたノズルから噴霧状で管内に供給された液状塗料を、旋回ガス流に乗せて」に限定されるべきと主張する。

しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明の項には「また、第1図においては、液状塗料は加圧されることなく、いわゆるタレ流しの状態で支管3から既設長尺管1内へ供給されているが、他の方法としては、液状塗料に圧力を加えて管内に設けられたノズルから液状塗料を供給し、これを支管2からの旋回ガス流に乗せて既設長尺管1の内面に吹付けて塗膜を形成させることもできる。」(甲第2号証5頁右欄21行ないし28行)と記載され、液状塗料の供給態様に関しては、「タレ流し」、「液状塗料に圧力を加えて」と記載されていると認められるが、タレ流しの状態で供給された液状塗料が噴霧状となる旨の記載はない。なお、前記甲第3号証と対比すると、同号証の「また第1図においては、塗料は加圧されることなく、いわゆるタレ流しの状態で支管3から既設長尺管1内へ供給されているが、他の方法としては、液状塗料に圧力を加えて管内に設けられたノズルから塗料を噴霧状で供給し、これを支管2からの旋回ガス流に乗せて既設長尺管1の内面に吹付けて塗膜を形成させることもできる。」(3欄1行ないし7行)との記載において、「噴霧状」の記載は訂正されて削除され、前記甲第2号証の上記記載となったものと認められるが、いずれの甲号証においても、噴霧状で供給された塗料が噴霧状のまま旋回ガス流に乗って既設長尺管1の内面に付着するとの記載はないと認められるから、圧力を加えて管内に設けられたノズルから供給された液状塗料が旋回ガス流に乗る形態が噴霧状に限られると解することはできない。また、タレ流しの状態で供給された液状塗料が噴霧状になって旋回ガス流に乗ると解することはできない。原告らは、タレ流しの状態での液状塗料の供給も側方から強力な風圧を受ければ、噴霧化すると主張するが、本件明細書の「供給ガスはそれほど高圧である必要はなく、例えば、1kg/cm2程度の圧力であっても、極めて短時間に既設長尺管の全内面を塗装することができる。」(甲第2号証5頁右欄29行ないし32行)との記載によれば、タレ流しの状態で供給された液状塗料が風圧で噴霧状になるものと解することはできない。したがって、甲第2号証5頁右欄21行ないし28行及び同第3号証3欄1行ないし7行の各記載が技術常識的に液状塗料の搬送が噴霧状であることを前提としたものであるとは認められず、本件発明の要旨の認定において、液状塗料の供給手段及び旋回ガス流に乗せられる液状塗料の形態を「噴霧状」に限定すべきであるとする原告らの主張は失当である。

よって、原告らの、本件発明の要旨としては、本件明細書の特許請求の範囲第1項の記載の「既設長尺管内に供給された液状塗料を、」との構成を「既設長尺管始端部に設定された旋回ガス流を噴射する套管又はガス流噴射支管に設定された塗料供給支管からタレ流して噴霧状とし、あるいは液状塗料に圧力を加えて管内に設けられたノズルから噴霧状で管内に供給された液状塗料を、旋回ガス流に乗せて」と特定して認定すべきである、との主張は理由がない。

<2>  原告らは、審決が本件発明の要旨として認定した「既設長尺管内に供給された液状塗料を、この旋回ガス流における放射方向の応力、軸線回りの応力及び軸線方向の応力により既設長尺管内面へ吹付け」との構成は、自然法則に反し不可能なものであると主張する。

乙第1号証(「渦学」株式会社山海堂 昭和56年7月15日初版発行)の「また速度ベクトルVの半径分速度(radial velocity)をVr、周分速度(tangenital velocity)をVθ、軸分速度(axial velocity)をVzとすると、速度ベクトルを表す式は次のようになる」との記載によれば、本件発明における「管内を旋回しつつ進行するガス流」である「旋回ガス流」が、半径分速度、周分速度、軸分速度の各速度成分を有しており、半径分速度、周分速度、軸分速度は、それぞれ、放射方向の速度成分、軸線回りの速度成分、軸線方向の速度成分と同義と解されるから、各速度成分に基づく、放射方向の力、軸線回りの力、軸線方向の力を有することは自然法則上明らかであると認められる。したがって、液状塗料を旋回ガス流における放射方向の力、軸線回りの力及び軸線方向の力により既設長尺管内面へ吹付けることは自然法則上可能であることは明らかである。

しかして、甲第7号証(世界大百科事典4 平凡社 1972年4月25日初版発行)によれば、「応力」とは、外力を受けてつりあい状態にある物体中の内力(239頁)、同第9号証(広辞苑第二版 岩波書店 昭和44年5月16日第二版第一刷発行)によれば、「応力」とは、物体が外力を受けたとき外力に応じて物体の内部に生じる抵抗力、同第10号証(日用字典 清水書院)によれば、「応力」とは、外力に抵抗する内部の力と、それぞれ、いうことができると認められる。

しかるところ、本件発明の「旋回ガス流における放射方向の応力、軸線回りの応力及び軸線方向の応力により既設長尺管内面へ吹付け」との構成における「応力」の用語を上記のような意味に解すると、旋回ガス流における放射方向、軸線回り軸線方向のそれぞれの「応力」によって液状塗料を既設長尺管内面へ吹付けることは不可能である。

しかしながら、本件明細書の特許請求の範囲第1項の記載及び発明の詳細な説明の項の旋回ガス流の作用についての記載並びに本件明細書において「応力」の用語が用いられている各箇所の記載を対比総合すれば、「応力」の用語は「外力」の意味に用いられていることは当業者であれば明確に理解できるものと認められる。

したがって、本件発明において、「旋回ガス流における放射方向の応力、軸線回りの応力及び軸線方向の応力により既設長尺管内面へ吹付け」との構成が実施不可能とはいえず、原告らの上記主張は採用できない。

<3>  以上のとおり、本件明細書の特許請求の範囲第1項記載のとおり、本件発明の要旨を認定した審決に誤りはない。

(2)  取消事由2(特許法36条4項違反の主張に対する判断の誤り)について

原告らは、本件発明は塗装方法に関する発明であるから、特許法36条4項(昭和60年法律第41号により改正されたもの)に基づき、特許請求の範囲には、少なくとも、塗装方法を特定するに足りる構成が記載されるべきであるところ、本件明細書の特許請求の範囲第1項の記載では、液状塗料の供給手段と既設長尺管の内面に吹き付けられる液状塗料の状態が特定されていないと主張する。

しかしながら、本件明細書の特許請求の範囲第1項の記載から、特許を受けようとする発明は明確に把握できると認められるから、特許法36条4項の「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみ」が記載されていると認められ、構成要件として液状塗料の供給手段と既設長尺管の内面に吹き付けられる液状塗料の形態が特定される必要はなく、「液状塗料」が「旋回ガス流における放射方向の応力、軸線回りの応力及び軸線方向の応力により既設長尺管内面へ吹付け、既設長尺管内面をほぼ均一な塗膜厚さにて塗装」されるための供給手段あるいは既設長尺管の内面に吹き付けられる形態は、当業者が容易に本件発明の実施をできる程度に発明の詳細な説明の項に記載されていれば足りると解される。すなわち、本件明細書の発明の詳細な説明の項の「液状塗料は旋回ガス流が有する放射方向への応力により既設長尺管1内面に吹付けられると共に、付着した液状塗料は接線方向への応力及び軸線方向への応力により内面の始端側から終端側へ押し延ばされる。」(甲第2号証5頁左欄37行ないし41行)「この液状塗料としては、内面に付着したとき、旋回ガス流により接線方向及び軸線方向へ押し延ばされるため、前記接線方向及び軸線方向への応力にある程度抵抗することができる程度の粘度を有していることが要求される。すなわち、液状塗料がある程度の粘度を有していない場合、内面に付着した液状塗料は上記接線方向及び軸線方向の応力により終端側へ押し流され、始端側と終端側とでは塗膜の厚さが不均一となるからである。」(同号証5頁右欄3行ないし11行)との記載から明らかなように、本件発明において、旋回ガス流が流通する既設長尺管の始端に液状塗料を供給すると、液状塗料は先ず旋回ガス流の放射方向の力により既設長尺管の始端側内面に付着させられ滞留し、そして、滞留した液状塗料は既設長尺管に対して継続的に供給される旋回ガス流の接線方向の力及び軸線方向の力により既設長尺管の始端側から終端側に向かって徐々に押し延ばされて既設長尺管の内面全体に均一な塗膜厚さで塗装されるものであり、このことは本件発明の要旨である前記「旋回ガス流」から生ずる自明の作用であると認められる。

そして、右「押し延ばし」作用が現れるのは、既設長尺管の内面に液状塗料が付着された後であり、その前段階である液状塗料の供給手段及びその状態によって左右されないものと認められるから、本件発明の特許請求の範囲の記載において、液状塗料の供給手段と既設長尺管の内面に吹き付けられる液状塗料の状態が特定されていなくとも、当業者であれば、本件明細書の特許請求の範囲第1項の「移動不可能に埋設あるいは固定された既設長尺管の内面を塗装する方法であって、既設長尺管の内部にガスを供給して既設長尺管内を旋回しつつ進行するガス流を生ぜしめ、既設長尺管内に供給された液状塗料を、この旋回ガス流における放射方向の応力、軸線回りの応力及び軸線方向の応力により既設長尺管内面へ吹付け、既設長尺管内面をほぼ均一な塗膜厚さにて塗装することを特徴とする既設長尺管の内面塗装方法」との記載(なお、「応力」の用語を「外力」の意味に解すべきことについては前記(1)<2>のとおりである。)から、上記のとおりの本件発明の構成の技術的意義は明確に理解できるものと認められる。

以上によれば、本件明細書の特許請求の範囲第1項には本件発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されており、その記載に何らの不備はないことは明らかである。

したがって、原告らの上記主張は理由がなく、審決の、供給手段あるいは状態が記載されていないという理由のみで本件発明の構成が不明瞭であるものとすることはできないとの判断に誤りはない。

(3)  取消事由3(特許法36条3項違反の主張に対する判断の誤り)について

原告らの、本件発明の内容は「塗料を噴霧状にして旋回ガス流に乗せ、旋回ガス流の遠心力によって管内面に吹き付ける塗装方法」であるとの主張の理由のないことは前記(1)において説示するところから明らかである。

原告らは、「塗料が旋回ガス流に乗った」状態とは噴霧状の塗料が旋回ガス流によって搬送される状態を指称することが社会通念であるから、塗料が旋回ガス流によって外力を受けて押し延ばされる状態を、少なくとも、「塗料が旋回ガス流に乗った」状態とはいい得ないと主張する。

しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明の項の「液状塗料は旋回ガス流が有する放射方向への応力により既設長尺管1内面に吹付けられると共に、付着した液状塗料は接線方向への応力及び軸線方向への応力により内面の始端側から終端側へ押し延ばされる。」(甲第2号証5頁左欄37行ないし41行)、「支管14から液状塗料を供給すると、ガス供給(噴射)時の吸引効果によって液状塗料も左方に吸引され、旋回ガス流に乗って既設長尺管11の内面へ吹付けられる。また、第1図においては、液状塗料は加圧されることなく、いわゆるタレ流しの状態で支管3から既設長尺管1内へ供給されているが、他の方法としては、液状塗料に圧力を加えて管内に設けられたノズルから液状塗料を供給し、これを支管2からの旋回ガス流に乗せて既設長尺管1の内面に吹付けて塗膜を形成させることもできる。」(同号証5頁右欄18行ないし28行)、「既設長尺管1内には旋回ガス流が生じ液状塗料供給管7を流下する液状塗料はその先端部でガス流に乗って既設長尺管1の内面に万遍なく吹付けられて上記作用と同様に塗膜を形成する。」(同号証6頁右欄26行ないし左欄2行)との記載において、液状塗料が「旋回ガス流に乗」るとは、液状塗料が既設長尺管内に供給されてから既設長尺管の内面に吹き付けられるまでの状態を表現しているものものであって、塗料が旋回ガス流によって外力を受けて押し延ばされる状態を表現しているものではないと認められる。そして、このような表現において、液状塗料が噴霧状で旋回ガス流によって搬送される状態を意味することが社会通念であると認めることはできない。

したがって、原告の上記主張は理由がなく、「乗って」という表現があるから本件発明の明細書の記載が不備であるということはできないとの審決の判断に誤りはない。

(4)  取消事由4(進歩性の判断の誤り)について

<1>  原告らは引用例1記載の技術は本件発明と同一の長尺管の管内清掃であり、技術分野的に異質とする余地はないから、審決の本件発明の進歩性についての判断は誤りであると主張するので、検討する。

甲第4号証の1(米国特許第3139704号明細書、引用例1)の「分配ノズル14を管路Pの流入端に接続させる。それから加圧空気又は加圧ガスを、…供給して、…混合物に渦巻き作用を生じさせ、その結果、管路へ流入する砂と空気又はガスの混合物は完全に攪拌され、空気又はガス中に砂を均等に分布させる。分配ノズル14へ送られる空気又はガスの駆動圧を調整することにより、管路へ流入する砂の速度を適切に調整して、その管路内の砂に乱流を起こさせその砂の沈澱を防ぎ、管路を清掃するのに適するようにする。」(5欄46行ないし57行、訳文8頁12行ないし9頁2行)、「弁110と12aが管路の直径や長さ次第で、短時間だけで開いたのち、…空気、又はガスがその部屋82'を通って管路へ流入する時その空気又はガスの渦巻き作用を生じさせ、そして空気と砂の実質的に均等な混合物ができ、これが管路へ導入されて、そのような混合物が管路を通って連続的に流れ、管路を清掃する。」(10欄21行ないし30行、訳文12頁5行ないし14行)、「メチルエチルケトンのような清掃及び洗浄用流体は、…管路へ導入される。…空気又はガスは、ボール(105)と流体を管路の他端へ動かす。…その流体は砂による噴射段階ののち、管路の内部を洗い流す。(6)このあと、例えばペイントやプラスチックのようなコーティング流体が洗浄流体の導入方法と同じ方法で管路内に導入され、その管路の内部を被覆する。」(9欄55行ないし70行、訳文10頁8行ないし11頁3行)との記載によれば、引用例1には、まず加圧空気又は加圧ガスにより空気又はガスと砂の混合物に渦巻き作用を生じさせて該混合物を完全に攪拌し空気又はガス中に砂を均等に分布させて、管路へ流入させ管路を清掃し(以下「第1段階の清掃方法」という。)、次に、メチルエチルケトンのような清掃及び洗浄用流体を管路へ導入し、空気又はガスによりボールとともに流体を管路の他端へ動かして管路の内部を洗い流す清掃方法、及び、清掃の後、例えばペイントやプラスチックのようなコーティング流体を洗浄流体の導入方法と同じ方法すなわち、空気又はガスによりボールとともに管路の他端へ動かして管路の内部を被覆する方法が開示されていると認められる。

甲第5号証(特開昭52-4544号公報、引用例2)の特許請求の範囲の「粉体塗料の溶融温度以上に予熱した金属製管継手の内部に、粉体塗料を吹込んで上記管継手の内面を被覆するに当り、上記粉体塗料を旋回または拡散させながら吹込むことを特徴とする被覆方法。」(1頁左下欄5行ないし9行)との記載、発明の詳細な説明の項の「本発明における粉体塗料とは、…エポキシ樹脂、…の如き熱硬化性樹脂粉体をいう。」(1頁左下欄13行ないし17行)、「金属製管継手は、第1図(a)、(b)および(c)に示す如くエルボ、テイーズ、ソケット等各種形状のものが知られている。」(2頁左上欄13行ないし15行)、「管継手の内部に、粉体塗料と空気の混合物を旋回または拡散させながら供給する、すなわち粉体塗料を旋回または/拡散させて吹込むことにより、該粉体塗料が管継手の内表面に集中的に供給され」(2頁右上欄12行ないし15行)、「本発明であれば管継手の予熱温度を粉体塗料の溶融温度より50℃程度高くすればよいのであるが」(2頁左下欄19行ないし右下欄1行)、「上記バッフル9の表面には適宜な溝または突状が設けられてよい。特に第2図(c)に示すようなラセン状の突状を設けることにより、粉体塗料は拡散と旋回を同時に適用されて、より一層均一に管継手の内面を被覆できることになる。」(2頁右下欄20行ないし3頁左上欄5行)、「被覆時間:1秒」(3頁右上欄1行、同頁左下欄11行、同頁右下欄4行)との各記載によれば、引用例2記載の発明は、粉体塗料の溶融温度より50℃程度高い温度に予熱された金属製管継手内に固形の粉体塗料を旋回又は拡散させながら吹き込み、内面に付着した際に予熱温度で粉体塗料を溶融させて(短時間)で塗装(塗膜を形成)する方法であるものと認められる。

これに対して、本件明細書の特許請求の範囲第1項の記載によれば、本件発明は、予熱することが不可能な「移動不可能に埋設あるいは固定された既設長尺管」を塗装対象とする塗装方法であって、前記(2)のとおり、本件発明において、旋回ガス流が流通する既設長尺管の始端に液状塗料を供給すると、液状塗料は先ず旋回ガス流の放射方向の力により既設長尺管の始端側内面に付着させられ滞留し、そして、滞留した液状塗料は既設長尺管に対して継続的に供給される旋回ガス流の接線方向の力及び軸線方向の力により既設長尺管の始端側から終端側に同かって徐々に押し延ばされて既設長尺管の内面全体に均一な塗膜厚さで塗装されるものである。

以上によれば、引用例1及び2各記載の塗装方法は、旋回ガス流により液状塗料を押し延ばし塗装するものではなく、本件発明の塗装方法とは塗装原理を異にすると認められる。また、引用例1記載の第1段階の清掃方法は固体である砂で管内面に付着した錆等の汚れを除去する技術であるのに対し、本件発明の塗装方法は液体の塗料を付着させて管内面を被覆する方法であり、両者は技術分野を異にするものと認められる。

そうすると、引用例1あるいは2記載の塗装方法から本件発明の押し延ばし塗装の構成を想到することも、引用例1の旋回ガス流による第1段階の清掃の技術を転用して、本件発明の旋回ガス流による塗装方法の構成となすことも、当業者にとって容易であるとは認められない。

<2>  原告らは本件発明の構成には均一塗装効果と結びつくものはなく、審決の本件発明は、均一に塗装するという効果があるとの認定は誤りであると主張する。

しかしながら、前記前記(2)のとおり、本件発明において、旋回ガス流の作用により、液状塗料を押し延ばして既設長尺管の内面全体に均一な塗膜厚さで塗装するものであるから、原告らの上記主張は採用できない。

<3>  したがって、審決の、本件発明が各引用例に記載された発明であるものとは認められないし、また、それらの発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできないとの判断に誤りはない。

(5)  取消事由5(要旨変更の主張に対するの判断の誤り)について

原告らは、要旨変更の主張は、本件発明の技術内容を認定するにあたっては、原明細書が基本となるべきであり、後の訂正審判によって訂正された部分について、原明細書との関係において要旨変更が明らかな部分は先行技術との関係における新規性の根拠とすることは許されないと主張する。

しかしながら、本件発明の技術内容は訂正審決の確定によって訂正された明細書の記載によって認定すべきであることは、特許法128条の規定から明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

(6)  取消事由6(手続違背の主張)について

原告らは、審判手続において、請求人に答弁書に相当する被告の弁駁書副本と審決書とが同時に送達されたところ、弁駁書提出の余地のない審決書と答弁書副本との同時送達は、特許法134条2項(平成5年法律第26号による改正前のもの)に違反した違法なものであるから、かかる違法な審理手続に基づく審決は違法であると主張する。

しかしながら、特許法134条2項には「審判長は、前項の答弁書を受理したときは、その副本を請求人に送達しなければならない。」と規定されているが、答弁書副本の送達に際して弁駁書提出の機会を与えなければならない旨の規定は同法にはない。

したがって、原告らの上記主張は失当である。

4  以上のとおり、取消事由はいずれも理由がなく、審決の認定判断は正当であって、他に取り消すべき違法はない。

よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条1項本文を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面1

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別紙図面2

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別紙図面3

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